ケネディ・ブラッドライン 13-6 - Childhood's End

ケネディ・ブラッドライン 13-6

ケネディ家がトップ13のルミナティ家であることを知らされることは、一部の人にとってとても辛いことかもしれません。JFKの偉大な物語に多くの人が肯定的であるからです。また米国に20万人のケネディ家がいると推定されており、1890年にアイルランドで最も人口の多い姓のリストには17位にランクされています。しかしケネディ家の残りの部分から悪魔の13血統の一部を識別できると思います。加えて言うなら誓ってこの記事は偉大なJFKについて失望はさせないことをまずお約束します。

イルミナティ13血統の関係は非常に密接に絡み合っており、資本・血縁・ポリシーの3点でその結びつきを解き明かすことができます。これまでもそうして解説記事を書いてきました。固い結び目のを解くのと同様に簡単なことではありません。ケネディ家はおそらくアイルランド上王ブライアン・ボル(ブライアン・カネディとも呼ばれる)をその源流とし、コリンズ家、フリーマン家、レーガン家、ラッセルズ家、などの13血統あるいは周辺の一族との婚姻関係が豊富です。ケネディはまたフランスの王族にも結びつく可能性があり、おそらくサンロイヤルの一部かもしれません(フランスに起源を持つロイヤルブラッドラインと聖杯の両方に関連する古い王族です)。欧州の系図学者はケネディ家はアイルランド・スコットランドの貴族として20家族にのぼるケネディを名乗る貴族を報告しています。これら全てがブライアン・ボルの血統であり、歪んだ血統主義を持つイルミナティの家族にとっても極めて重要な家族であることは明白です

何よりもジョン・F・ケネディと結婚したジャッキー・ケネディ・オナシスはオーチンクロス家の豪邸で披露宴を行いました。(ジャクリーンの継父はヒュー・オーチンクロスでした)この家はイルミナティのスコットランドで強い力を持つ血統です。金融王ロックフェラー、宝石商ティファニー、鉄道王ヴァンダービルトなど、オーチンクロス族の名前を通してある程度歴史を組み立てる事が出来るほど強力な姻戚関係です。例えばヒュー・シニアはジョン・D・ロックフェラーとスタンダード・オイルを共同設立したオリバー・B・ジェニングスの娘エマ・ジェニングスと結婚しました。また著名人を持つ数多くのケネディの結婚について言えば、バーネット・シェーファー・ケネディは1820年にフェベ・フリーマンと結婚しました。またアンドリュー・ケネディ一家はコリンズ家の家族と同盟関係にあります。

新世界秩序のエリートを調べると、このケネディはこの他のケネディ達とどのように関連しているのでしょうか。例えば、デビッド・M・ケネディ(ビルダーバーガー)とウィリアム・ジェシー・ケネディ3世は、何者かがリンカーンを暗殺したと言われるフォード劇場の管財人でしたが、これらのケネディ貴族が数百年前にさかのぼると、ブライアン・ボルにすべて結びつくことは間違いありません。

ジョセフ・パトリック・ケネディ・シニア

 ジョセフ・ケネディはJFKの父親です。そして彼はほぼ間違いなくイルミナトゥスです。彼は巡礼者協会(イルミナティ)の構成員でした。彼はまた、マフィア、およびイルミナティの他の血統と密接に協力しました。さらに彼は我々日本人にとっても興味深い人物の一人です。彼はイギリスとドイツがW.W.IIで戦い始めた後、米国内で反戦派として評判を得ました。ジョセフ・ケネディは当時、駐英米国大使という権威ある仕事をしていました。非常に重要な時期にこの地位を与えられたという事実は、ケネディ家がイルミナティの中で重要であることを示しています。そしてW.W.IIで我が国が巻き込まれたとされる陰謀に彼は深く関わっていました。教科書の歴史とはやや異なりますので一つの説として参考にして下さい。

戦争が始まり、両国は戒厳令と活発な軍事通信を行っていた期間、英国大使である彼は実は戦争に批判的ではありませんでした。アメリカ人のために大使館で働いていた男性の一人米国領事サービスのキャリアオフィサーであるアメリカ人タイラー・ゲートウッド・ケントという人物がいますタイラーは通信室で働き始める以前からイルミナティの陰謀を知り警戒していました。彼は勤務を通じてルーズベルトが密かにW.W.IIで米国を巻き込み、アメリカ国民に嘘をついていたことを知り驚きました。さらにルーズベルトは、一般の人々に嘘をつきながら、米国の参戦を水面下で誘導していた。タイラーは密かに陰謀を暴露するための1,500ページの文書を一般に公開し告発するつもりだったが陰謀勢力は彼を追い詰めタイラーは逮捕されました。イギリス人が彼を拘束するために邪魔であった外交特権は逮捕の直前不自然に取り消され、サインしたのはジョセフ・ケネディその人でした。

もしケネディが本当に戦争に反対していたらイギリス人にタイラーを差し出したりせず、彼はルーズベルトが何をしているのかについての情報を暴露し米国市民の怒りはルーズベルト政権を弾劾したでしょう。代わりに、ルーズベルトは真珠湾攻撃の慈善情報を知りながら隠蔽し米国は参戦を決定しました。ケネディは戦争に反対するふりをしたが、彼はアメリカ国民をだますために設計された作戦の親密な共犯者として働いていた。善良な市民ほど政治家はシステムと戦う為の戦士だと考え誤認しています。彼らがシステムの一部である可能性を考えない善良な人の権利を守る為に戦った人は大使館職員のタイラー・ゲートウッド・ケントただ一人でした。

 

ジョン・フィッツジェラルド・ケネディ(JFK)

ジョン・F・ケネディが暗殺されておらず、彼の人生について調べられ多くの逸話が書かれていなかったらイルミナティの闇は浮かび上がらないままだったと言われるほど、彼の暗殺は13血統に注目を集めました。イルミナティはJFKの闇の部分などの暴露を出版・宣伝するために出版社にあからさまに許可を与えています。この許可は、彼の評判を傷つけさせることによって彼の暗殺に対する批判をそらすために与えられたと考えられています。米国憲政史上最大の混乱。ジョン・F・ケネディはジャッキーと結婚した後もジョン・F・ケネディが大統領の間に多くの女性と過ごし、ホワイトハウスのプールで頻繁にヌードスイムパーティーを開いていたなどという暴露本を見るだけでは一般の人々は彼の育った複雑な環境について何も考慮していません。

イルミナトゥスであるマクジョージ・バンディは友人で上院議員だったJFKにジョンの女性に対する開放性は彼を国民とトラブルに巻き込むかもしれないと警告したと証言しています。ジョン・F・ケネディはその指摘についておそらく深刻に考えたことはなかったでしょう。彼らは彼の側近やフランク・シナトラのようなセレブリティの友人によって雇われた女性に過ぎませんでした。当時は上院議員だろうがコールガールを呼ぶことについてオープンに行われていた為です。ケネディはまたある女性とは長期的な関係を持っていました。マリリン・モンロー、ジェーン・マンスフィールド、ザザ・カヴァーの3人です。そして3人ともが悪魔崇拝者との関係を指摘されています。ザザ・カヴァーはサタン教会を率いたアントン・ラヴェイの恋人でもあり、ジェイン・マンスフィールドはサタン教会の大祭司でした。マリリン・モンローはラヴェイがサタン教会を設立する前に、ラヴェイの悪魔の儀式に参加していました。彼女達の物語はここでは脱線になってしまう為また機会があれば。話を少し戻しましょう。

JFKの父ジョセフ・ケネディは前述のように陰謀勢力と密接に関係しており、母親もまた悪魔の家族のセオリーに乗っ取って彼を教育しました。しかしながらJFKは多くの場合父の期待に応えられなかった様です。彼が大統領になる以前の輝かしい経歴は実は作られたものではないかという指摘は、皮肉にも名誉を傷つける目的で多く出版された暴露情報の中に大量に書かれています。しかしこれが示すのはチャンスにしばしば失敗し学業的にも実は優れた成績も残していなかったとされる彼の経歴を輝かしい物に偽装できる家族と姻戚の巨大なコネクションが存在していた事に逆に説得力を与えています。

同世代のマクジョージ・バンディの強引なエリート経歴についてはバンディ家の記事で解説しました。ケネディにおいてはJFKが次世代を担うべく作られたエリートであったのでしょう。彼は一度物理学の名門プリンストン大学に入学しますが、不自然に退学しハーバード大学に進学し上院議員になっています。これは本当に彼の意志なのでしょうか。この時点で政治の分野に配置されリーダーとすることが決まっていたのではないでしょうか。

我々の常識で言えば、彼の両親は子供たちにとってとても厳しく接しあまり“良い”両親ではなかった様です。JFKは友人に両親について語った記録が残っています。

私は5歳の時に母親に“おい、お前は子供たちを放っておく素晴らしい母親だ”と言ってやった。母はパリのファッションハウスか、教会に跪いているかだった。私たちが本当に彼女を必要としたときには決していなかった。母は私を抱きしめたりはしなかった。全く、ただの一度もだ。両親に対する敬意なんてない。

そしてJFKは“彼女には何もない”と言った。

JFKは兄弟や妻子に対しての親愛こそよく語っていますが両親についてはこのように語っていました。また彼の妹は悪魔の医師フリーマンにロボトミー手術を受けその後を看護修道院で過ごしています。両親への敬意の欠如にはもしかしたらこのような事も関係しているかもしれません。

彼は父の不自然な権力により政治家となり、大統領に上り詰めました。しかしそこには彼の意思がどれほどあったのか、育った環境と両親との軋轢なども考慮する必要があります。側近には陰謀勢力のエリート、例えばバンディ兄弟などの“よく教育”されたブレーンが必ず控えていました。

大統領在任中のある日、JFKは陰謀勢力にとって反旗を翻し、彼らに不都合な計略を仕掛けました。それが情報の開示、罪の告発、支配構造と国際紙幣構造の破壊などかなり大掛かりな反逆であったこと、そして陰謀勢力にとってそれが致命的であったため強引な手段で排除した、という筋書きは複数のソースから判断できる合理的な推論です。これは私の意見ですが陰謀論とは虚偽と真実(陰謀)の間のグレーゾーンを埋めようとする推論です。

彼がいつ陰謀勢力に反旗を翻すに至る動機や反逆についてはそれだけで記事が書けてしまう程長くなるので別記事で今後書きたいと思います。JFKの暗殺はアメリカの陰謀勢力を解説する決定的な分岐点です。世界大戦と冷戦、NOW、イルミナティ、悪魔崇拝、ほぼ全てがこの日この時間に収束します。更に詳しく解説することをお約束します。

JFKには息子がいました。有名なJFK・Jrの物語です。彼は飛行機事故で亡くなったとされています。ここではそれも語りきれません。ケネディ家の物語は今後も語っていきたいと思います。