モッキンバード作戦 - Childhood's End
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モッキンバード作戦

いわゆる陰謀論はデマだと決めつけてかかる人も多いですが、事実と判明した陰謀論も存在します。それがCIAによるプロパガンダ作戦、通称モッキンバード作戦です。モッキンバードとはマネシツグミという鳥のことです。メディアはプロパガンダを繰り返しささやく小鳥なのです。

1950年代から70年代にかけて、CIAはCIAのプロパガンダを公開するために、多くの有名な国内外のジャーナリスト(タイム、ワシントンポスト、ニューヨークタイムズ、CBSなどの大手メディアから)を支配下に置きました。CIAはまたいくつかの映画やTV番組にも資金を提供したと伝えられています。これらは1975年に機密資料が一部機密解除され事実であることが判明しています。

1953年、当時アメリカを代表するシンジケート・コラムニストの一人であるジョセフ・アソップは表向き選挙を取材するためにフィリピンに行ったとしましたが、当局の要請で取材はキャンセルとなりました。彼はCIA本部の文書によると、過去25年間に密かに中央情報局の任務を遂行した400人以上のアメリカ人ジャーナリストの一人です。これらのジャーナリストと機関との関係のいくつかは暗黙のうちに行われることもあり、直接指示が行われることもありました。お互いの利害は一致し国民はただただ欺かれ、工作資金が消費されています。

ジャーナリスト兼エージェントは、単純な情報収集から共産主義諸国のスパイとの仲介役まで広い範囲で活動した実績が記録されています。記者たちはCIAの言葉を話し、映像編集者にはスタッフが同席しました。ジャーナリスト400人以上の中には、ピューリッツァー賞受賞者も含まれ、彼らが自発的に行う世論誘導や隠蔽は記録には残っていません。

どのような場所に工作員がいたのでしょう。外国特派員が最も多く彼らは世界中にCIAの代弁者として潜伏しています。次に多いのは記事を提出するよりスパイビジネスに興味を持っていたフリーランサーです。彼らは紛争地帯で恣意的なニュースを発信することで普通に働くより何倍もの収入をえていました。国内世論工作の為に海外のジャーナリストを装ったCIA職員も存在しました。

これらCIAの文書は、ジャーナリストがアメリカの主要な報道機関の経営陣の同意を得てCIAのタスクを実行するために従事していたことが記録されています。CIAのアメリカの報道機関との関与の歴史は戦後の世界情勢を複雑に難読化させています。

ジャーナリストの使用は、CIAが採用する情報収集の最もコストパフォーマンスの高い手段の一つとなっています。同機関は1973年以来(主にメディア経営陣からの圧力の結果として)記者の直接雇用や指導を大幅に削減しているが、一部のジャーナリストはまだ海外に潜伏したままです。彼らは必要な時にだけ使われるスリーパーです。

CIAと協力したことが判明した報道機関の一部です。

アメリカ放送会社(ABC)

国営放送会社(VOA)

ユナイテッド・プレス・インターナショナル(UPI通信)

ロイター

ハースト コミュニケーションズ

NEWSWEEK誌

どれも米国、英国の一流メディアです。CIA当局者の評価によるとこれらの中で最も有用とされたのはNYタイムズだと証言しています。NYタイムズ社アーサー・ヘイズ・スルツバーガーは実名で工作員であったことが判明しています。

適切に、CIAは「報告」という用語を使用して、協力ジャーナリストが機関のために行ったことを説明します。多くのCIA当局者は、これらの役に立つジャーナリストを傘下の工作員とみなしていました:。ジャーナリストは、国益のために英雄的行為を行った愛国者のように考えていたと記載されています。彼らには罪悪感などありませんでした。

彼らの特徴的な戦術は大まかに見て不都合な出来事の報道の拒否、別の場所に火をつけて注目を別に向ける、大衆意識に倫理的なアプローチでアレルギーを起こすといった手法です。近年SNSの発達で半端な捏造やあからさまな虚偽は難しくなってはいます。しかしここ数カ月をみてもメインストリームメディアでは不自然な個人攻撃や全く取り上げられない事実などがありましたよね。これは米国だけの問題ではないようです。モッキンバード作戦が世界規模で継続されているのではと皆さんも感じるのではないでしょうか。