バンディ・ブラッドライン 13-2 - Childhood's End

バンディ・ブラッドライン 13-2

バンディ家の特徴はアメリカで強い力を持つ秘密結社スカル&ボーンズとともにあり、米国大統領の補佐官、諜報機関に関する疑惑とともに語られることが多いです。スカル&ボーンズはイルミナティ内の教義を実現するための秘密結社の1つで、アメリカのイェール大学に存在する魔術結社とも騎士団とも言われていて、米国の中枢に多くの政治エリートを輩出しています。ジョージ・W・ブッシュもその一員であることは確認されています。

ほとんどのアメリカ人は、バンディ家を強力なエリート家族として認識しなかったでしょう。しかし歴史の中で、バンディ家は、ケネディ政権とジョンソン政権の間に米国大統領に供給された情報のほとんどを制御する重要な地位についていました。ジョンソンがJ.F.ケネディが暗殺された後に引き継いだ時、マクジョージ・バンディは大統領のアドバイザーとしての重要な地位にいました。彼の兄は国務省の主要な地位にあった。バンディ兄弟は二人とも、スカル&ボーンズに所属する双子のイルミナティでした。更に興味深いことに、ジョナス・ミルズ・バンディ(1835-1891)はグラント大統領、ガーフィールド大統領、チェスター・A・アーサー大統領の3代に渡って主要顧問でした。マクジョージ・バンディと兄のウィリアム・P・バンディは、米国外交問題評議会や悪名高いビルダーバーグ会議へも参加しています。

バンディ家の人物でに最も有名なのは皮肉にも1980年代の犯罪者であるテッド.バンディというシリアルキラーです。その犯行の手口は残虐すぎて敢えてここでは語りませんが、1975年、バンディは誘拐事件と強姦未遂によりユタ州で投獄され、初めて刑務所に入ることになります。彼は同時に複数の州で未解決の連続殺人事件の容疑者としてリストアップされていました。コロラド州では殺人罪で起訴されたが、2度の劇的な脱獄を果たし、1978年にフロリダ州で逮捕されるまでに3件の殺人を犯し、暴行を繰り返した。フロリダ州の殺人だけで、彼は別個の2回の裁判で3回の死刑を宣告された。なぜ彼がこれほど多くの罪のない犠牲者を殺したのか動機について語った言葉はあまり知られていません。テッド・バンディはガールフレンドのエリザベスに「力」が彼を殺す原因となったと語りました。バンディの彼女への告白は、フロリダでの逮捕の後に電話で語られました。エリザベスは彼の告白を詳細に書き留め、後に彼の話を集めて出版しました。

「私には別の人格はない。記憶障害も。私は自分がやったことを全部覚えている。私たちはハンバーガーを食べた後、アイスクリームを食べるためにファレルの家に出かけた。忘れられなかったり、思い出せなかったわけではなかったが、それはちょうど終わったんだ。すでに去ってしまい…力はもう私を駆り立てていなかった。私にはそれを理解できない。力はただ私を消費するだけだ。」

彼は「力」が私に犯罪を犯させたのだと主張しています。

この場合の「力(Force)」(※Powerではない)は、高レベルとされるサタニストが信じる力を表現するために使用するオカルト用語であり、彼らは善と悪のどちらにも使用できると信じています。映画『スター・ウォーズ』は驚くほどイルミナティの「force」という言葉を使い、それまではサタニズムとオカルトの専門用語であって一般的にはあまり使われない単語でした。これは、オカルトを取り入れ、国民の考えと目標に植え付ける計画の一環であり、陰謀は世界の宗教と世界政府としてオーディエンスのボキャブラリーを歪ませるものです。オーウェルの小説をご存知なら、ニュースピークという手法の洗脳活動の一環です。結果、一般市民の間でも「陰謀論あるいはSF用語」として理解されるようになりました。

ハーヴェイ・ホリスター・バンディ・シニア

米国の弁護士。5人の息子を持ち、全員がスカル&ボーンズに所属。1940年にスティムソンと題した本「平和と戦争」という本を共同執筆しました。彼は ヘンリー・ルイス・スティムソンの下で1931年から1933年まで国務長官を務め、第二次世界大戦でも特別補佐官を務めました。仕組まれた戦争でイルミナティの米国のアクターとして活動していました。また、核兵器を開発するマンハッタンプロジェクトの主要メンバーでもありました。

1952年、ハーヴィーはジョン・フォスター・ダレスからカーネギー平和基金を引き継ぎました。

※カーネギー平和基金は、イルミナティが免税様々なプロジェクトに資金を提供するための主要な手段となっています。財団の目的は「国際平和を促進すること」です。ジョージ・ブッシュ大統領が国連で世界に必要だと語った平和の形です。スカル&ボーンズのメンバージョージ・ブッシュは、世界が必要とする一つの世界政府の平和を国連でスピーチしました。

ウィリアム・P・バンディ

ハーヴェイの息子の一人。イルミナティの多くを代表する会社であるコビントン&バーリングでキャリアをスタートし、後にCIAにアナリストとして勤務。副部長補佐まで出世しました。彼はニクソン政権時の共産主義スパイであるアダム・ヒス事件において主要人物の一人でした。1960年、CIAに在職中のウィリアム・P・バンディは、国家目標に関する大統領委員会のスタッフ・ディレクターに就任しました。米国の方針を策定する重傷な戦略会議です。彼はそこで米国におけるNew World Orderのポリシーを策定しました。

マクジョージ・バンディ

マクジョージ・バンディはイェール大学に行き、1940年にスカル&ボーンズに入りました。マクジョージはその後ハーバードに行きマクジョージは二等兵として軍隊に入隊しました。彼のように不自然な昇進率を達成する二等兵はほぼ存在しません。彼は戦時中という建前において経験や資格を超越して昇進し続け、常に功績をえられるもポジションにいた、と言われています。1945年、彼は国防長官の腹心となります。

その後、経済学の経験や資格のな彼は何故か、経済協力局のコンサルタントになります。さらに外交政策アナリストに就任。マクジョージのような男性にどれだけの誇りを持っているかについて、彼らはある無資格のポジションから別の位置に常にホップし、決定権を行使しています。実にイルミナティ的な人生と言えるでしょう。その後更に彼はハーバードの教職として招聘され4年間でハーバード大学の芸術科学学部長になります。そこに留まらず、最終的に1961年から1966年までケネディ大統領の国家安全保障担当特別補佐官を不可解な人選によって務めました。ピッグス湾事件、キューバ危機、ベトナム戦争においての重要な影響力を行使しています。アントニー・C・サットン氏は、マクジョージ・バンディが生涯を通じて優遇された理由を、スカル&ボーンズで秩序に関して書かれた彼の本にあると証言しています。この本のタイトルについては明言されていません。

ハリー・W・バンディ

政治、とりわけ安全保障分野で有名なバンディ家ですが、彼の名をニュースで見ることはほぼありません。彼はメイソンであり、サタニストとしてイルミナティの重要なアクターでした。彼は悪魔崇拝の専門家であり、様々な団体との関わりが確認されています。スカル&ボーンズ、黄金の夜明け団、薔薇十字団など実際に存在が確認されているものを調べると彼の名前を発見することができます。更に彼と周辺の団体はいくつもの枝として13血統の家族をつないでいます。

バンディ家はアメリカの歴史の中で非常に強力な家族であり、脚光を浴びないように成功しました。多くの場合、バンディは、強力な立場の人々のアドバイザーであることのおかげで権力を持っており、理不尽に力でねじ伏せるというサタニズムの影響を常に確認することが出来ます。